ヒトの脳から見た共感マーケティング――ミラーニューロンの発見
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昨今の共感や精神性など人の感情面に焦点を当てたマーケティング手法が注目されていることがヒット数の多さに反映されているのだと思います。
心理学や神経科学など、人の行動の裏側、意識下の研究が進み、その成果をマーケティングに活かすようになりました。
中でも神経科学の面から人間の行動や心理を把握し、マーケティングに応用することをニューロ・マーケティングといいます。
人のつながり、特に横のつながりが強い影響を持つようになった現代では、共感マーケティングという言葉ができるほど「共感」が大きなテーマとなっています。
ソーシャル・メディアの発展によって、共感を得られたものは大きな反響を呼び、次々と好ましい口コミが伝播し、大きなプロモーション効果が得られることもあります。
そこで、この「共感」とはどこから来るのか、そして神経科学の発見からマーケティングへの応用について今回お話したいと思います。
ミラーニューロンの発見――1匹のサルから
共感という感情自体は、遥か昔からヒトに備わっていました。
共感性はヒトに備わる本能的な性質であるため、時代によって失われるものではありません。改めて言われるまでもなく、私もあなたも今現在持っている共感性はこれから先も持ち続けることになります。
共感性は社会を営むうえで非常に有利な性質です。
他者と感情を共有することで、自分と他者との結束が生まれ、やがて集団を形成し、人間は社会的に活動するようになりました。
さて、この共感なのですが、一体どこから生じるものなのでしょうか、それは1990年代(意外と最近!)に発見された神経細胞「ミラーニューロン」によるものであると考えられています。
このミラーニューロン、人間社会にとって大事な機能を持っているのですが、実は最初の発見は人間からではないのです。
1匹のサルより発見されました。
イタリアのパルマ大学の神経科学者ジャコモ・リゾラッティ博士の研究室では、運動に関わる神経を調べるために、マカクザルの頭蓋骨に穴を開け、脳の運動を司る部分(下前頭皮質)に電極を付けて実験を行っていました。
そしてある暑い日のこと、研究員の1人がアイスクリームを舐めながら、研究室に戻ったところ、その様子に興味を示した(脳に電極が付けられている)マカクザルがアイスを舐めている研究員をジッと眺めました。
画像はリスザル
研究員がアイスを舐めると、サルの脳内に電気信号が走り、電極が検知したのです。
なんと、その反応はサルが実際に食べ物を味わっているときと同じ反応だったのです。
しかも、味わうだけでなく体の動きまで同時に行っていました。
つまり、研究員がアイスを口に運ぶ姿を観察したサルは、自分も同じように口に食べ物を運び味わっている体験を脳内でしていたことになります。
実際には何も行動せず、ただ観るだけなのに、一連の動きを脳内で行っていました。
この反応を示した神経細胞を、鏡のように同じ行動をとっているかのような反応を示すことからミラーニューロンと名付けられました。
そして、博士のチームはミラーニューロンの研究に本格的に乗り出しました。
実験者がピーナッツを食べている様子を観察しているサルの脳内の反応を見ると、やはりアイスと同様に、神経細胞が反応していました。
ピーナッツを食べている他者を観ることで、自分もまたピーナッツを食べている経験をしているのです。
そして研究、および検証の結果、下前頭皮質と下頭頂皮質にミラーニューロンが存在していることが分かりました。
なお、ミラーニューロンには現在でも明らかになっていないことがあり、研究途上の領域です。
感情・体験を共有させる
ミラーニューロンはサルから発見されたものですが、もちろんヒトにも備わっています。
そして、ミラーニューロンは他者の経験を鏡に映すように、自分も経験するよう反応させる機能を備えていることが分かりました。
ミラーニューロンは観察したものの行動を脳内でシミュレーションさせ、その機能によって他者の技術を模倣し、学習します。
スポーツで、他の選手の動きを観て、自分の体の使い方を改善するのはミラーニューロンの機能です。
なお、この機能は自動的に行われており、私たちは意識してオン・オフを切り替えることはできません。
また、“鏡映し”は行動だけでなく、感情にも影響を及ぼします。他人の悲しみや喜びを自分のように感じる共感能力もミラーニューロンは持ち合わせています。
さて、ここまでミラーニューロンの発見についてお話しましたが、私たちマーケティングに携わる者の感心事は、脳の機能そのものではなく、解明した脳の機能がマーケティングにどう使えるかです。
それでは、ミラーニューロンの機能が分かって、それがマーケティングにどう役立つか考えてみましょう。
ミラーニューロンは他者の経験をシミュレーションする機能を持つのですが、実は言語でも活性化するのです。
例えば、「走る」という文字を読めば、脳内では足の運動に関わる領域が活性化し、「手に取る」という文を読めば、手の運動に関わる領域が活性化します。
「走る」という単語を読むことで、読み手の潜在意識の中で「走る」ことを経験させることができるということは、広告で読み手に体験して欲しい行動を記述することで、読み手に擬似的に経験してもらうことができます。
広告コピーのアドバイスで、「五感を刺激する表現を使う」というのがあるのですが、それはまさしくミラーニューロンを活性化させる方法です。
そのため、テキストの表現も無視できません。
無論、読み手が理解できる言葉であることが重要です。「correr」と書かれてもスペイン語で「走る」と知らない人には、何の影響も及ぼさないでしょう。
視覚に訴える映像であるなら、観る者を実際に経験させるよう作ることで、視聴者により深く意識させることができます。
例えば、自動車であるなら、車の仕様や優れたデザインをアピールする映像だけでなく、運転手の視点からの映像を流し、視聴者が実際に運転しているかのように経験させることで、より注意を引きつけることができます。
これらの例のように、ヒトの共感能力を刺激するアピールができれば、マーケティングの効果をより強く発揮でき、製品やブランドを消費者の意識に深く訴えかけることができます。
上はほんの一例です。ミラーニューロンの反応を活かしたマーケティング手法はまだまだありますし、意識せずとも実践していた例もあると思います。