デ・マーケティングの理論的背景
『デ・マーケティング|売らないマーケティング』では、デ・マーケティングという需要を抑制するマーケティングが存在することと、その具体的方策の紹介をしました。
今回はデ・マーケティングという概念、背景や解釈についてより深く掘り下げてお話します。
具体的な事例だけでなく、理論的背景を知ることで理解が深まりまり、応用するのにも役立つことでしょう。
「デ・マーケティング」誕生
デ・マーケティングという概念が誕生したのは1971年のことです。
コトラーと共同執筆者のシドニー・J・レヴィによってハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した「デ・マーケティング戦略」という論文が初出です。
ちなみにこの論文の翻訳版はダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューの2002年8月号に掲載されております。より詳しく知りたい方はぜひご自分の目でお確かめください。
この論文は従来のマーケティング、いわば正統的なマーケティング活動が「需要の喚起」に対し、デ・マーケティングは「需要の抑制」であるとしています。
マーケティングの活動といえば「需要を喚起し拡大させること」、「新たな顧客を創出すること」、「満たされていない消費者はのニーズを満たす新製品の開発」であり、これらの根底には「マーケティングは売上や利益の増加のための活動」であるとしています。
しかし、このようにマーケティングを捉えることができるのは供給過多の時代であって、マーケティングの概念を狭く捉えているとしています。
マーケターはSTPや4P、顧客心理を巧みに操る技術などを駆使して売上増を図る専門家だとされています。
ですが、もし需要過多(モノ不足)の時代へと傾いたときマーケターに役割は与えられなくなってしまうのでしょうか。
ひいてはマーケティングは無用の長物になってしまうのでしょうか?
生産した製品を捌く方法としてマーケティングが用いられているのに、需要があり過ぎて「(需要喚起の)マーケティングなんか必要ない」という状況が到来したらどうなるのでしょうか?
供給過多という時代の要請に応じて誕生、発展したマーケティングですから従来の概念では需要過多時代のマーケティングについて解答が得られないのです。
そこで、需要が有り余るほど存在する状況に対応するためのマーケティングを考えようということで誕生したのがデ・マーケティングなのです。
需要過多になればマーケティングの役割は無くなる、と思われた問題を解決するのもまたマーケティングなのです。
結局、需要が多かろうが供給が多かろうが顧客との良好な関係を築くためマーケティングの役割は尽きません。
デ・マーケティングの定義
需要過多になったとき、マーケティングは顧客との関係を維持しながら需要を、供給との適正な水準まで減少させる役割を持つということがデ・マーケティングの考え方です。
「製品が勝手に売れる時代にマーケティングは不要だ」という主張に対する反論がデ・マーケティングという理論です。
簡潔に言うとデ・マーケティングとは「需給バランスの適正化」です。
デ・マーケティングは場面ごとに3つの方法があります。
1.一般的デ・マーケティング:企業が総需要の水準を下げたいとき
2.選択的デ・マーケティング:特定の市場セグメントからの需要を抑制したいとき
3.表面的デ・マーケティング:需要を抑制しようと見せかけて、結果的に需要を増加させたいとき
また、4つ目に無意識のデ・マーケティングがあります。これは意図的な需要減ではなくマーケティングの失敗によって引き起こるものです。
例えば、コーラ戦争におけるコカ・コーラはニュー・コークの導入によって売上を落としました。もちろんコカ・コーラはデ・マーケティングで需要を減らしたかったわけではなく、売上アップを狙いました。
こうした失敗における需要減に関してはデ・マーケティングの議論の外に置かれます。
1つ目の一般的デ・マーケティングは総需要の水準を下げたいときのデ・マーケティングで、典型的な需要が供給を上回っている状況です。
一時的な品不足や廃止したいが未だに需要がそれなりにある製品において需要を抑制して対応します。
2つ目の選択的デ・マーケティングは総需要は維持したいが、特定セグメントからの需要は減らしたいときに用いられます。
例えば、静かで上品な雰囲気を提供する高級な飲食店で、取り入れる客層を広げようと手頃な価格のメニューを用意したとします。
するとガヤガヤとうるさい集団客や雰囲気にそぐわない格好の客が来てしまいました。こうなると、その飲食店の常連が雰囲気を味わえず立ち寄らなくなってしまいます。
新たなメニューを用意したばっかりに、常連や従来の顧客といった本来のターゲット層を失うはめになってしまうのです。
この場合、低価格メニューを撤廃して元の戦略に戻し、低価格層の需要減少に取り組むデ・マーケティングを行います。
上のケースは悪貨が良貨を駆逐する例で、低価格客層を取り込んでしまい、高価格客層を失ってしまうことが実際に起こりえます。
3つ目の表面的デ・マーケティングは表向きは需要を減らそうととしていますが、実際的には需要を増やそうとする取り組みです。
供給量を減らして希少価値を高めようとする方法も表面的デ・マーケティングに当たります。
以上のように、デ・マーケティングには3つのタイプがあります。
デ・マーケティングとは「需要を抑制するマーケティングだ」とはいうものの、よく見ると選択的デ・マーケティングと表面的デ・マーケティングは本質的には需要を創造しようとしています。
デ・マーケティングの実際は需要を減らすことではなく、需給バランスの適正化です。
マーケティングとは単なる需要を拡大する活動ではありません。供給過多の時代に従ってマーケティングが発展してきたために、マーケティングを強引な売り込みや過剰なプロモーション攻勢に結び付けられてきました。
企業は長い間マーケティングは需要を拡大することであると考えてきました。そのため需要を減らす状況については見過ごしていました。
しかし、両者はマーケティングにおいて現実的かつ非常に重要な課題であるのです。
政府主導のデ・マーケティング
デ・マーケティングを行うのは企業だけでなく、政府も行います。
倫理的、社会的に害を及ぼすものや、需要が多すぎると供給が不可能になってしまう資源の節約などによく見られます。
例えば、節電や節水を促すキャンペーンはデ・マーケティングです。
健康に被害を与えるとされるタバコには、禁煙のキャンペーンやテレビなどのメディアでの規制があります。
特にアメリカでは反タバコの風潮が強く、タバコ規制によりドラマや映画でも喫煙シーンがほとんどありません(しかし、平気で飲酒運転シーンを流すのが許されるのは不思議に思えます)。
タバコ会社はできるならタバコをもっと売りたいと考えてはいますが、派手な広告や喫煙に良いイメージを与える広告は規制の対象や世間から糾弾されたりします。
そのため、申し訳程度にタバコの健康に及ぼす影響や喫煙のマナーについてアピールしています。